義父の旅立ち

先週、義父が他界しました。
そのためブログの更新ができませんでした。

以下は、個人的な話ばかりですので、どうぞスルーしてもかまいませんからね♪


最終的な死亡診断書での病名は心不全です。
天寿を全うして旅立った、と言ってもいいのでしょう。
誤嚥性肺炎も発症していたけど、それもひとつの天寿を全うしたからの状態だったのでしょう。
付き添いの義母が帰ったのち、その義母が帰宅する前に状態が変わったらしいです。
4月に入ってからは、口での受け答えも難しい状態だったけど、それでも懸命に元気になろうとがんばっていたようです。
でも自分の今の状態も、義父なりにわかっていたようにも感じます。
大部屋でゆっくりできない空間で、義母がそばにいることだけが支えだったのだと思います。
帰り間際にはいつものように義母の手をぎゅっと握り、ただいつもよりなかなか離してくれなかったと、義母は言ってました。
そう聞かされると、心の準備はできていたけど、やはり一番自分を庇護してくれる実の親がいなくなる気持ちは、ダンナの気持ちは、わかっていてもわかっているから淋しいです。
自分も今か(待っているわけではなくね)いつだ、と準備を重ねているのですから。



結婚の挨拶をしに行って、義母のパソコンに入ってる画像を私に見せたくて、軌道したはいいけどフリーズしてしまい、Ctr + Alt + Deleteを試さずに、すぐに電源ボタンを切って再起動させようとしたのが最初の思い出。
私といっしょで待てないんだな、というお義父さんが可愛かった。
少し短パラな義父だったのです。
今こうしてダンナと生活できるのも、私との結婚を許しくださったおかげだし、父として男としての生き方をダンナに見せていたからだと思います。
なのにお義父さん、いまさらですが、こんな嫁でごめんなさい。
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怒涛の1週間でした。

ダンナの3日間の出張。
その最後の日、ダンナは出張帰り後の飲み会中でした。

いつものように昼くらいから義母が病院へ行き、夜帰宅途中、容態が急変とダンナに連絡が。
義母は、自分の夕飯を買いにスーパーへ寄っていて、携帯への着信に気づかなかったそうです。
私たちが家に到着したのはその翌日でした。
札幌→東京ですから、死に目には会えないこと、ダンナはわかっていました。
1週間前に仕事で東京へ出張があったので、そのときに会えた、それが救いです。
私は、お正月以来会ってませんでしたが。
葬儀まで3日間も日が開いて、嫁にはやることないかもしれないけど、いっしょに帰りました。
私にもできることありました、留守番と茶碗洗い(笑)。
焼き場の関係で3日も空いたけど、その間毎晩プチ宴会でしたので。
宴会と言うと聞こえが悪いですが、ただただ私&ダンナ&ダンナ弟がビール飲みなだけです。
3日間もあるのに、事前の準備っていろいろあって、私以外は大変でした。
私は手を動かせばできる仕事でしたが、他の家族は頭も使わねばなりませんから。

最近なのか、昔からなのか、その葬儀社だからか、やることたくさんなのですね。
私が喪主の家族としての葬儀は、20年以上前の祖父や祖母のときでしたから。
最近多くなったらしい「家族葬」の小さい葬儀をあげたい気持ちがよくわかります。
できれば、雑事でバタバタしないで、ゆっくりと静かに亡くなった人と話しながらお別れしたいものです。

でも義父の場合、お別れしたい人が多かったので、そうもできなかったのです。
その辺が「家族葬」にしたあとで、家族以外の方から不満が出る原因にもなるらしいですね。
初日も葬儀社の人との打ち合わせに時間を取られて、その後も予定があり、なにもできない嫁が留守番することになってしまったのです。
私の知らない人からの電話が心配でしたが、親戚からだけでなんとかできました。
息子たち(ダンナ&弟)がよく動いてくれました。
ダンナは、会社関係で葬儀によく出てるので、その辺も助かりました。

通夜の夜、義母&息子ふたりは式場に泊り、わたしひとりで家で留守番したときは、申し訳ないが若干寛がせていただきました。
結局は初めてダンナ実家でひとりで寝るので、怖くはないけど熟睡するため、これまた多少ビールを飲んでしまいましたが。

葬儀中に留守にするのはかえって危険だろうということで、私だけみんなといっしょに宿泊せず、留守番を買って出たのです。
親戚の人たちがみんな、大丈夫?と心配してくださったけど、大丈夫な嫁でした(笑)。
ひとりになりたかったし(笑)、わたしも少しだけ気が張っていたようです。
わたしが役に立てばこれ幸いですしね。
次の日は告別式の準備もあるので、6時前には起きたので、やはり睡眠5時間くらいで寝不足でしたが。
わたしだけじゃないよね、睡眠不足が一番こたえました。

そして告別式。
通夜もですが、私には初めての北海道以外の葬儀でした。
喪主席が少し離れてあるなんて、北海道は親族席の一番前なだけですから。
誰も見てないとは思いますが、全員寝不足のからだに鞭打って座っておりました。
最後にからだには触れなかったけど、義父の顔を見てお別れしました。
いえ、義母のささやき声に涙腺がやばかったので、祭壇の義父の写真をガン見していた嫁です。
焼き場で整うまで約1時間。
今は速くなったのですね。

拾骨を行い、その後会場で初七日も済ませました。
いろいろハプニングもありましたが、なんとか義父の旅立ちのお手伝いができました。
・・・雨が少し降った天気でした。
こういうの、涙雨っていうのですか。


会食で義父の思い出を語り、喪主に替わり弟が挨拶(ダンナは告別式で挨拶)をして終了。
帰りのバスの中で、義母がうたた寝していたのはそっと秘密で。
滞りなく終わり、ホッとしました。
あ、帰ってからも息つく暇なく、祭壇設置がありましたが。


とりあえず私は休めました。
ダンナは、さきほどまた東京へ行きました。

お義父さん、ありがとう、そしてよかったらいつかまた会いましょう!!


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車の中から見たら、空一面にいわし雲でした。
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tag : 義父    葬儀 

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